2008年03月20日

「おすすめはどれですか」

今年の二月、私は友人と二人でとある焼き鳥屋に行きました。私はそれまで何度かそのお店にお邪魔していたのですが、同行していた友人は初来店だったようで、こんなお店があったんだねぇ、中はこんな雰囲気なんだねぇ、などと言いながらきょろきょろ店内を見回し、まだ見ぬ料理に胸を膨らませているようでした。

私たちは上着を脱いで、いすに座り、それを見計らって、店員さんが注文を聞きにやってきました。私は、最初はつくねかねぎまだ、と生意気にも勝手な自分のルールを作っていたので、とりあえずその二つを、と思い、口を開こうとした瞬間、友人が店員さんに対して、「この店って、おすすめあります?」と、思いがけないことを言ったのです。

私は一瞬、ルールをぶち壊しにされたことに軽く苛立ったのですが、それよりも、この問いに対する答えが気になったので、とりあえず友人と店員さんのやり取りを観察してみました。店員さんは少しの間、眉間にしわを寄せて悩んだ後、売れ行きとしてはこれがいいですけど、と言って、メニューの中にある一品を指差しました。私はその時、その店員さんに親しみを感じました。

私は、こういった質問をされることが大嫌いです。何故ならば、味覚というものは十人十色、各々に美味いと思えるもの、不味いと思えるものが違うのであって、たとえ他人が強く薦めたものであっても、それが必ずしも自分に合うとは限らないからです。特に私は、老舗のラーメンとインスタントのものとの味の区別が全くつかず、どうせ同じ料理なら安い方がいい、という理由でインスタントを選ぶような味音痴ですから、こういうことを聞かれると本当に困るのです。

上のような場合、もし店員さんが自分の好みで品を薦め、友人がそれを気に入らなければ、どうなるでしょうか。友人は、その店員さんの味覚を疑うか、畜生店員の野郎に騙されたと感じるでしょうし、店員さんは申し訳ないと感じるか、もしかしたらそんなことは人の勝手だと居直るかもしれません。どちらにしても、得する人間などいないのです。

しかしながら、このお店の店員さんは、あくまで個人の好みではなく、そのお店で一番売れているものを提示しました。この答えには、数字の物語る圧倒的な説得力があります。お店はその近辺ではよく知られていますから、当然リピーターも大勢います。そこで一番売れているものなので、信憑性の高さは言うに及ばずでしょう。

中には、「これ食ったんですけどめちゃくちゃ美味いっスよ」と自分の好きなメニューをモーレツにレコメンドする、接客なんてお手の物、といった具合のニーちゃんネーちゃんもいるでしょうが、私は、自信がないながらも、なるべく確実で無難な選択をする人の方に好感を持ちます。何故なら、自分の味覚を基準にして、自信満々に個人的な好みを客へ強いる店員の態度を、図々しい、と感じてしまうからです。胸を張って言うことでもないのですが、食に対する価値観が私と合致する人間など、そうそういるものではありません。仮にいたとしても、そんな人間が、飲食店で、お客さんに、あれがうまい、これがうまい、などとのたまっていることを考えると、本当に恥ずかしくて、情けなくて、そして何より恐ろしくて、身悶えしてしまいます。

別にどちらが正しいというわけではありません。今回のケースにおける店員さんの回答を「おもしろくない」と思う人がいても、なんら不自然ではないでしょう。そこから始まる店員さんとのコミュニケーションを楽しみに来店する方もいらっしゃるはずですから。むしろそういう人の方が健全な気さえします。

ただ、店側に(あくまで常識的な範囲ですが)わがままを言える客と、それをすべて受け止めなくてはいけない店員という二つの視点が、まったく異なったものである、ということを、人は理解すべきなのではないかな、と思ったので、今回このような文章を起こすにいたりました。無理やりなまとめですが、とどのつまりは、客であろうが店員であろうが、思いやりあってこその人間関係だ、というところに終始するのではないでしょうか。

ちなみに、焼き鳥屋で店員さんの指差した品がなんであったかは忘れてしまったのですが、「それ鶏じゃないじゃん」と思ったことだけは、なぜかはっきりと覚えています。

失礼いたしました。

投稿者 reroy : 2008年03月20日 22:34
コメント

聞かれると困る店員のうちの一人です。
同じく『店としてのお勧め』を言いますが、

「そんなん関係なくお姉さんやったらどれがいいと思う?」

と言われると毎回『ここは居酒屋じゃねーよ』と思うのですが、
もし自分が居酒屋で働いてたとしても
『お前と味覚ちげーよ』などと思うんでしょうね。

Posted by: タッシー : 2008年03月21日 00:09

あ、新しく開設したんですね。今後はこちらも覗かせてもらいます。

ちなみに我が身を振り返ると、店員さんに「メニューのオススメ」を尋ねるときは、その答えを知りたいというよりその店員さんと仲良くなりたいという気持ちの方が強い気がします。

店員さんにすれば、いずれにせよ厄介であることに変わりはないでしょうが(笑)

Posted by: : 2008年03月21日 16:50

皆様、コメントありがとうございます。

>タッシーさん
おっしゃられた通り、こういうケースはどの接客業にも当てはまるものだと思います。相手の意図が分かりにくい質問ですから、難しいですよね。
薦めたものを「やっぱりやめた」と言われるのも、なんとなく不愉快だったりしますし。

接客は、「公」と「私」のバランスが大事だなとよく思います。

>Kさん
Kさんのサイトも楽しく拝見させていただいております。今後とも宜しくお願いいたします。

本人に聞いたわけではないのではっきりとはしていないんですが、恐らく私の友人も、Kさんと同じ気持ちで質問したのじゃないかな、と思います。
店員さんの立場からすると、「試されてる」ような気分になったんじゃないでしょうか。

厄介に思うかどうか、というのも完璧に個人差ですから何とも言えませんが、少なくとも私の行った焼き鳥屋の店員さんは、あまり得意ではなかったみたいです。

Posted by: 管理人 : 2008年03月21日 18:41

どもども。コメントするのはお久しぶりですね。
ちょっと真面目な話。
「お客様は神様です」と迎える側は備えるものの、「私は神様です」と迎えられる側がふんぞりかえられると困っちゃう。
と、某偉い人がコッソリどこかで言ってました。

経験してみて、コンビニ店員は自販機か何かと勘違いしてる人が少なからずいる気はしますねぇ。
自分が買う時には恥ずかしがらずに「ありがとう」と言うようにしようと思いました。

Posted by: 栄 : 2008年03月22日 23:49

栄さん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。

「お客様は神様です」という考え方は、間違っていないと思うんです。ただ問題は、神様にもいろいろな種類がいるよ、ってことなんですね。
少し寂しい考え方かもしれませんが、人間を相手にしている以上、全てが円滑に進むということは有り得ないわけですから、ある種の「あきらめ」みたいなものは、常に持っていなくてはならないのかな、などと考えてみたりします。

自販機。そうですね。そのお気持ちはよく分かります。

悲しいことです。

Posted by: 管理人 : 2008年03月23日 00:04

そういや今日接客した常連のお客さんご一家に、
『これもうとき!』とめいっぱいお菓子とかもらいました。
さらに『ココでもらったウサギ見においで!家でご飯ごちそうしたる!』とお食事誘われました。
これはちょっとルール違反というか、親密すぎかなと思いつつ。

物でつられてるわけじゃないですが、
こう、感謝の意があると店員としても喜んでもらおうと頑張ってしまいます。
そんなフランクなお客さんもいれば、
必要な時意外話しかけられたくないお客さんもいるわけで。
それぞれが喜んでくれる接客対応の見極めも店に立つプロとして必要なんでしょうね。難しいです。

Posted by: タッシー : 2008年03月23日 01:49

それだけ贔屓にしてもらえている、ということでもありますし、あまり他人の迷惑を考えない困ったお客さん、というのもありますし、一筋縄ではいかないお仕事ですね。

喜ばれるから頑張れる、というのは、きっと誰でもそうなんだと思います。逆に言えば、そうでなければやっていけないものなのでしょう。
向き不向きというのはやはりあって、それはきっと、店員さんであろうがお客さんであろうが同じでしょうから、何がお客さんにとって「サービス」となるのかをその都度考えるというのは、とても大事なことだと思います。

Posted by: 管理人 : 2008年03月23日 16:43
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